子どもの頃に読んだ『星の王子さま』と、大人になってから読む『星の王子さま』は、まるで違う物語に見えることがあります。

子どもの頃には、不思議な星を旅する王子さまと、少し変わった大人たちのお話。

けれど大人になってから読むと、そこに描かれているのは、むしろとても苦しくて、とても深い「愛」の物語なのではないかと思うのです。

特に心に残るのが、王子さまと薔薇、そしてキツネとの関係です。

王子さまの星には、一輪の薔薇が咲きます。

美しくて、少し気難しくて、わがままで、素直ではない薔薇。

王子さまは薔薇を大切にします。

水をあげ、風から守り、寒さから守り、その言葉に振り回されながらも、毎日世話をします。

けれど、そのときの王子さまには、薔薇の本当の気持ちが分かりません。

薔薇もまた、自分の弱さや寂しさを素直に表現することができません。

「好きだから、そばにいてほしい」

ただそう言えばいいのに、人は時々、それが言えません。

強がったり、試したり、怒ったり、冷たくしたり。

そして相手も、その言葉の奥にある本当の気持ちに気づくことができない。

これは、大人の恋愛でもよくあることではないでしょうか。

好きなのに傷つける。

大切なのに、うまく大切にできない。

愛しているのに、愛し方が分からない。

王子さまは、自分の星を離れます。

旅をして、たくさんの人に出会います。

そしてある場所で、たくさんの薔薇が咲いているのを見ます。

自分の星に咲いていた薔薇は、世界でたった一輪の特別な花だと思っていた。

ところが、目の前には似たような薔薇がたくさん咲いている。

これは婚活にも、とてもよく似ています。

プロフィールを開けば、たくさんの人がいます。

同じくらいの年齢。

似たような学歴。

似たような年収。

趣味も、仕事も、住んでいる地域も、条件を検索すればいくらでも比較できます。

「もっと条件のいい人がいるかもしれない」

「もっと若い人がいるかもしれない」

「もっと年収の高い人がいるかもしれない」

「もっと話の合う人がいるかもしれない」

婚活は、ともすると人を「比較する世界」になってしまいます。

けれど、本当に深い愛は、比較の先にはありません。

王子さまが最後に気づくのは、自分の薔薇が特別だった理由です。

それは、その薔薇が世界で一番美しかったからでもありません。

世界で唯一の種類だったからでもありません。

王子さまが、その薔薇のために時間を使ったからです。

水をあげた。

守った。

話を聞いた。

心配した。

怒った。

悩んだ。

そして何より、その花に自分の時間と心を使った。

だから、その薔薇は特別になったのです。

私は、愛とはそこにあるような気がしています。

「特別な人を見つける」のではなく、

誰かを大切にし続けた結果として、その人が特別な人になっていく。

結婚も同じです。

結婚相手は、完成された理想の商品ではありません。

結婚した瞬間から、永遠に優しく、健康で、若く、経済的に安定し、自分を楽しませ続けてくれる存在でもありません。

人は変わります。

年を取ります。

病気にもなります。

仕事を失うこともあります。

親の介護が始まるかもしれません。

子どもに恵まれないこともあるでしょう。

子どもが生まれたとしても、思い描いていた通りの人生になるとは限りません。

自分自身だって変わります。

健康だった人が病気になる。

明るかった人が心を病む。

働けていた人が働けなくなる。

美しかった人も年を重ねる。

強かった人が弱くなる。

人生とは、そういうものです。

だから結婚は、

「この人なら私を幸せにしてくれる」

という契約ではないのだと思います。

むしろ、

「この人が幸せなときだけではなく、苦しいときにも、この人を大切にできるだろうか」

という問いなのかもしれません。

キツネとの出会いも、とても大切です。

キツネは王子さまに、人と人との間に絆が生まれるということを教えます。

最初は、ただ大勢の中の一人だった存在。

けれど少しずつ時間を重ねる。

同じ時間に会う。

話をする。

待つ。

相手を知る。

そうしていくうちに、その人は「誰でもいい一人」ではなくなっていく。

愛には時間が必要なのです。

ところが今の婚活は、とても速い。

会って一時間。

「なんとなく違いました」

二回目のデート。

「ときめきませんでした」

LINEが少し遅い。

「脈がない気がします」

プロフィールの一項目が希望と違う。

「もっといい人を探します」

もちろん、合わない人と無理に付き合う必要はありません。

違和感を無視する必要もありません。

でも、人が人を本当に好きになるには、少し時間が必要なこともあります。

相手の不器用さを知る時間。

優しさに気づく時間。

言葉の裏側を知る時間。

一緒に笑った記憶を積み重ねる時間。

そして、愛が深くなるほど、そこにはもう一つのものが生まれます。

「責任」です。

ここでいう責任とは、相手の人生をすべて背負うという意味ではありません。

相手の問題をすべて解決することでもありません。

自分を犠牲にし続けることでもありません。

深い愛における責任とは、

「あなたを大切な人として扱います」

という責任なのだと思います。

嫌なことがあったとき、黙って消えない。

誤解があったとき、話をする。

相手が傷ついているとき、「面倒だから」と切り捨てない。

自分が間違えたら謝る。

自分の言葉が相手にどう届くかを考える。

相手の人生に入るということを、軽く扱わない。

恋愛では、相手の心の中に入ることができます。

だからこそ、傷つけることもできます。

一度信じた相手から裏切られた痛みは、知らない人から傷つけられる痛みとはまったく違います。

愛されていると思ったからこそ、傷は深くなる。

だから私は、「好き」という言葉には責任があると思っています。

「結婚したい」という言葉にも責任があります。

真剣交際にも責任があります。

婚約にも責任があります。

もちろん、人の気持ちは変わります。

交際が終わることもあります。

結婚生活が続けられなくなることもあります。

別れることそのものが悪いわけではありません。

でも、相手の心を預かったことまで無かったことにはできません。

愛した人を傷つけないことは、不可能かもしれません。

長く一緒にいれば、傷つけることも、傷つけられることもあるでしょう。

それでも、

「この人を雑に扱わない」

という選択はできます。

私は、それが愛の責任なのだと思います。

そしてもう一つ。

深く愛するということは、その人を自分の所有物にしないことでもあります。

愛する我が子にも同じなんですよ

好きだから束縛する。

好きだから監視する。

好きだから相手の人生を決める。

それは愛に見えて、実は不安なのかもしれません。

本当に相手を大切にするということは、

その人がその人らしく生きることも大切にすること。

自分とは違う考えを持っていることを認めること。

それでも一緒に歩いていける場所を探すこと。

これは簡単ではありません。

愛は、簡単だから価値があるのではないのでしょう。

難しいからこそ、そこに人間の覚悟が現れるのだと思います。

若い頃は、

「運命の人に出会えば、自然とうまくいく」

と思うことがあります。

でも、大人になると少し違う景色が見えてきます。

運命の人だから大切にできるのではない。

大切にし続けた人が、いつの間にか運命の人になっていく。

結婚相談所でたくさんの方を見ていると、私は時々思います。

条件のいい人を探すことも必要です。

生活ですから、年収も、仕事も、住む場所も大切です。

でも最後に結婚生活を支えるのは、プロフィール欄には書けない部分です。

病気になったとき、どんな顔をする人なのか。

失敗したとき、責め続ける人なのか。

意見が違ったとき、話し合える人なのか。

相手の弱さを見たとき、幻滅するだけの人なのか。

それとも、

「人間だから、そういうこともあるよ」

と言える人なのか。

そして、自分自身もまた、相手にとってそういう人でいられるのか。

結婚とは、愛される人を探すことだけではありません。

「私は、この人をどんなふうに愛せるだろう」

と考えることでもあります。

王子さまが旅の最後に思い出したのは、自分の薔薇でした。

遠くまで旅をして、たくさんのものを見て、いろいろな人に会ったからこそ、

自分が本当に大切にしていたものに気づいた。

愛とは、華やかな感情だけではありません。

待つこと。

許すこと。

向き合うこと。

話すこと。

守ること。

そして、ときには自分の弱さを見せること。

その積み重ねの中で、

「あなたは私にとって特別な人です」

という関係ができていく。

もし今、婚活をしている方がいたら。

「私を幸せにしてくれる人は誰だろう」

という問いと一緒に、

もう一つだけ考えてみてほしいのです。

「私は、誰かを大切にする覚悟があるだろうか」

完璧でなくていいのです。

いつも優しくなくてもいい。

喧嘩することだってある。

疲れて何もできない日もあるでしょう。

それでも、

相手を自分の人生に迎え入れた以上、その存在を雑に扱わない。

その人の気持ちを、自分と同じように大切なものとして考える。

私は、それが「深く愛する」ということなのだと思います。

愛するということは、

ただ好きになることではありません。

誰かを、自分にとってかけがえのない存在にしていくこと。

そして、その人が自分にとってかけがえのない存在になったという事実に、責任を持つこと。

世界には、たくさんの薔薇があります。

けれど、自分が水をあげ、心配し、笑い、泣き、長い時間を一緒に過ごした薔薇は、

いつしか、

世界にひとつしかない薔薇になります。

結婚とは、そんな一輪を探す旅であると同時に、

その一輪を大切に育てていく覚悟を決めることなのかもしれません。

「この文章を、長い時間をともに生きてきた夫と、私のかけがえのない娘・七瑠へ。」

友だち追加


TikTok「happinessdoor1」←時々LIVEもしてまーす✨

X(Twitter)@emy76

Instagram emy.0930 今一番力入れてます